令和8年度の技術士第二次試験・機械部門の必須科目Ⅰ-1では、機械類の使用時に生じるヒューマンエラーを題材に、機械技術者としてどのように事故を防ぐかが問われました。
ヒューマンエラーと聞くと、「教育を徹底する」「手順書を守らせる」と考えがちです。しかし、問題文はJIS B 9700:2013に触れ、本質的安全設計方策、安全防護・付加保護方策、使用上の情報という設計者側の考え方を示しています。したがって、作業者を注意する答案ではなく、人が間違えても事故へ進展しにくい機械をどう設計するかまで踏み込む必要があります。
この記事で確認できること
- 「人の注意不足」を機械設計上の課題へ変換する方法
- 多面的な観点から3つの技術課題を抽出する方法
- 本質的安全設計を軸に複数の解決策を組み立てる方法
- 安全対策の追加によって生じる新たなリスクの考え方
- 答案骨子から解答例へ展開する流れ
完成した解答を暗記するのではなく、問題文から骨子を作るまでの思考過程に注目して読み進めてください。
令和8年度・機械部門 必須科目Ⅰ-1の要点
問題文は、最新技術を用いた機械類でも重大事故が繰り返され、その原因としてヒューマンエラーが指摘されることを背景としています。そのうえで、機械技術者の立場から次の内容を論述する問題です。
- 機械使用時のヒューマンエラーの例を示し、多面的な観点から3つの技術課題を抽出する
- 最重要課題と、その課題を選んだ理由、複数の解決策を専門用語を交えて示す
- すべての解決策を実行しても新たに生じるリスクと、その対策を示す
問題文の全文は、公益社団法人 日本技術士会の令和8年度 技術士第二次試験問題〔機械部門・必須科目〕で確認できます。
最初に設問の制約条件を整理する
| 確認項目 | 答案に必要な内容 |
|---|---|
| 立場 | 機械部門の技術者 |
| 対象 | 機械類の使用時に生じるヒューマンエラー |
| 課題 | 異なる観点から3つ抽出し、観点を明記 |
| 解決策 | 最重要課題に対して複数提示し、機械分野の専門用語を使う |
| リスク | 解決策を実施した後に新たに生じるものを示す |
この問題で特に重要なのは、「ヒューマンエラーが起きた原因」を作業者だけに求めないことです。エラーは事故に至るきっかけの一つであり、機械側の防護が十分なら、誤操作が直ちに危害へつながるとは限りません。
今回取り上げるヒューマンエラー
本記事では、自動搬送装置でワーク詰まりが発生し、作業者が復旧作業中に可動部へ挟まれる事故を想定します。
- 設備は通常、自動運転されている
- ワーク詰まりを解消するには危険区域へ手を入れる必要がある
- 作業者は操作盤で停止したため、安全な状態になったと思い込んだ
- 空圧シリンダには残圧があり、別の条件成立によって可動部が動いた
- 設備状態と残留エネルギーを明確に確認できる表示がなかった
表面的には「作業者が安全確認を怠った事故」に見えます。しかし設計面から見ると、復旧作業のために危険区域へ介入する必要があること、通常停止と安全停止の違いが分かりにくいこと、残留エネルギーが危険側へ作用することなど、複数の要因が重なっています。
問題の定義
復旧作業で危険区域へ介入する必要があるにもかかわらず、安全状態の成立が作業者の記憶と確認に依存しており、誤操作や単一故障が危害へ進展し得る。
弱い答案になりやすい3つの書き方
「教育を徹底する」だけで終わる
教育や手順書は必要ですが、危険源が残ったまま人の注意力に依存します。問題文が設計者による保護方策を示している以上、まず機械側で危険源を除去・低減できないかを考える必要があります。
「センサやAIを導入する」で終わる
技術名だけでは、何を検知し、どの条件で、機械をどの安全状態へ移行させるのかが分かりません。解決策は「検知する」「遮断する」「保持する」「再起動を防ぐ」のような動作まで示します。
ヒューマンエラーを作業者の責任として扱う
人は疲労、焦り、習慣、表示の誤認などによって間違えます。合理的に予見できる誤使用を含めてリスクを評価し、誤操作が事故へ進展しない設計を考えることが機械技術者の役割です。
ヒューマンエラーを3つの技術課題へ変換する
課題1|危険区域への介入を必要としない設備設計
本質的安全設計の観点から、異常処置や保全作業を含め、作業者が危険源へ暴露される機会を除去又は低減することが課題です。
ワーク詰まりが頻発し、そのたびに危険区域へ手を入れなければならない設備では、確認漏れが事故につながります。搬送経路やガイド形状を見直して詰まり自体を減らし、危険区域の外から復旧できる構造にする必要があります。
課題2|安全状態を確実に成立・維持する制御
機能安全の観点から、誤操作や安全関連部品の単一故障が生じても、危険な運動を停止し、安全状態を維持できる制御システムを構築することが課題です。
扉が開いたことを検知するだけでなく、停止完了、残留エネルギー、再起動条件まで含めて安全機能を設計します。安全関連制御システムは、必要な安全性能を定め、故障検出、冗長化及び妥当性確認を行う必要があります。
課題3|機械状態を誤認させない操作・復旧系
人間工学とライフサイクル管理の観点から、運転モード、停止理由、残留エネルギー及び再起動条件を作業者が正しく認識し、安全に復旧できる操作系を実現することが課題です。
自動・手動・保全モードの表示が曖昧だったり、似た操作が異なる結果を生んだりすると、モードエラーを誘発します。HMIの表示、操作器の配置、警報の優先順位及び復旧手順を一体として設計しなければなりません。
最重要課題を選ぶ
最重要課題には、危険区域への介入を必要としない設備設計を選びます。
危険源への暴露機会をなくせれば、作業者が停止操作を忘れたり、安全装置の一部が故障したりしても、事故へ至る可能性を根本から下げられるためです。また、安全防護や教育に先立って検討すべき上位の方策であり、通常運転だけでなく、段取り、清掃、異常処置、保全まで効果が及びます。
解決策を機械部門の専門技術で考える
解決策1|詰まりを防ぎ、機外から復旧できる構造にする
ワークの姿勢、重心、摩擦係数及び寸法公差を踏まえ、搬送ガイドの形状、クリアランス、シュート角度及び駆動条件を見直します。詰まりの前兆を位置・荷重・電流値から検知し、自動停止、逆転又は不良ワークの排出によって、危険区域へ入らずに復旧できる構造とします。
さらに、ポカヨケによって誤った向きのワークを投入できないようにし、点検口や清掃口を危険源から離して配置します。これにより、エラーを注意で防ぐのではなく、エラーが起きにくい工程へ変更します。
解決策2|危険エネルギーを除去・低減する
復旧作業で人の介入が避けられない場合は、駆動力、速度及びストロークを必要最小限にします。保全モードでは、安全制限速度(SLS)、ホールド・ツー・ラン制御、3ポジションイネーブル装置などを用い、意図した操作を継続している間だけ低速で動作させます。
空圧・油圧回路には遮断弁と残圧排出機構を設け、重力落下する部分には機械式ストッパを設置します。電気エネルギーだけでなく、圧力、重力、ばね力、熱などの蓄積エネルギーも対象にし、ゼロエネルギー状態を確認できる構造にします。
解決策3|隔離・停止・再起動防止を一体で設計する
危険区域を固定式又は可動式ガードで隔離し、扉にはインターロックと必要に応じてガードロックを設けます。扉の開放又は人の侵入を検知した場合は、安全トルク遮断(STO)などにより危険な運動を停止します。
扉を閉めただけでは再起動せず、危険区域内に人がいないことを確認したうえで、区域外のリセット操作を必要とします。安全入力、論理処理及び出力を二重化し、断線や接点溶着などを診断できる構成とします。設計後は、想定した危険シナリオごとに安全機能が成立することを妥当性確認します。
解決策の実施後に生じる新たなリスク
安全装置と制御ロジックを追加すると、システムが複雑になり、誤検知や頻繁な停止によって設備稼働率が低下する可能性があります。その結果、現場がインターロックを無効化したり、センサを意図的に回避したりする新たなリスクが生じます。また、安全装置の故障が見逃され、作業者が「安全装置があるから大丈夫」と過信するおそれもあります。
対策として、停止履歴とセンサ信号を記録し、頻発停止の原因を設備側から改善します。無効化しにくいコード化インターロックを採用し、バイパス操作には権限、時間制限、表示及び履歴管理を設けます。さらに、定期的な機能試験、故障診断、設計変更後の再リスクアセスメントと妥当性確認を実施します。
答案骨子をまとめる
| 項目 | 記述する内容 |
|---|---|
| ヒューマンエラーの例 | 自動搬送装置の詰まり復旧中、残留エネルギーで可動部が動き挟まれる |
| 課題1 | 本質的安全設計:危険区域への介入を必要としない設備設計 |
| 課題2 | 機能安全:安全状態を確実に成立・維持する制御 |
| 課題3 | 人間工学・ライフサイクル:機械状態を誤認させない操作・復旧系 |
| 最重要課題 | 危険区域への介入を必要としない設備設計 |
| 解決策 | 詰まり防止と機外復旧、危険エネルギーの低減、隔離・停止・再起動防止 |
| 新たなリスク | 複雑化や頻発停止に起因する安全装置の無効化・過信 |
| 対策 | 停止原因の改善、無効化防止、診断、定期試験、変更後の再評価 |
解答例
1.ヒューマンエラーの例と技術課題
自動搬送装置でワーク詰まりが発生し、作業者が操作盤で停止後、危険区域へ手を入れた際、空圧シリンダの残圧によって可動部が動き、挟まれる事故を想定する。作業者は停止により安全状態になったと誤認していた。
(1)本質的安全設計の観点:危険区域への介入を必要としない設備設計
第一の課題は、異常処置を含め、作業者が危険源へ暴露される機会を除去又は低減することである。ワーク詰まりのたびに危険区域へ介入する設備では、確認漏れが危害につながる。このため、詰まりにくい搬送機構とし、機外から復旧できる構造が必要である。
(2)機能安全の観点:安全状態を確実に成立・維持する制御
第二の課題は、誤操作や安全関連部品の単一故障が生じても、危険な運動を停止し、安全状態を維持することである。扉の開放検知だけでなく、停止完了、残留エネルギー及び再起動条件を含む安全機能を構築する必要がある。
(3)人間工学の観点:機械状態を誤認させない操作・復旧系
第三の課題は、運転モード、停止理由、残留エネルギー及び再起動条件を作業者が正しく認識できる操作系を実現することである。HMIの表示、操作器の配置及び復旧手順を一体として設計し、モードエラーを防止する必要がある。
2.最重要課題と解決策
最重要課題は、危険区域への介入を必要としない設備設計である。危険源への暴露機会を除去できれば、作業者の誤操作や安全装置の故障があっても事故へ至る可能性を根本から低減できるためである。
第一に、ワークの姿勢、重心、摩擦係数及び寸法公差を踏まえて搬送ガイド形状とクリアランスを最適化する。位置、荷重及び駆動電流から詰まりの前兆を検知し、自動停止、逆転又は不良ワークの排出により機外から復旧可能とする。
第二に、人の介入が避けられない場合は、保全モードで安全制限速度、ホールド・ツー・ラン制御及び3ポジションイネーブル装置を用いる。空圧回路には遮断弁と残圧排出機構を設け、重力落下部には機械式ストッパを設置し、蓄積エネルギーを除去する。
第三に、危険区域をガードで隔離し、扉へインターロックとガードロックを設ける。扉開放時は安全トルク遮断により危険な運動を停止する。扉を閉めただけでは再起動せず、区域外からのリセットを必要とする。安全回路は冗長化と故障診断を行い、危険シナリオごとに妥当性を確認する。
3.新たに生じるリスクと対策
安全装置と制御ロジックの追加により設備が複雑化し、誤検知や頻発停止で稼働率が低下すると、現場がインターロックを無効化するリスクが生じる。また、安全装置の故障が見逃され、機能を過信するおそれがある。
停止履歴とセンサ信号を記録し、頻発停止の原因を設備側から改善する。無効化しにくいコード化インターロックを用い、バイパスには権限、時間制限及び履歴管理を設ける。さらに、定期的な機能試験と故障診断、設計変更後の再リスクアセスメント及び妥当性確認を実施する。以上により、人の注意力だけに依存せず、誤操作や故障が危害へ進展しにくい機械を実現する。
解答例について
これは一つの考え方です。実際の答案では、自身の専門分野と業務経験に近い機械、危険源、安全機能及び評価方法へ置き換えてください。また、安全規格を答案で扱う場合は、受験時点の最新版と適用範囲を確認してください。
答案を提出する前の自己点検
- ヒューマンエラーの場面と危害に至る流れを具体的にしたか
- 3つの課題に異なる観点を明記したか
- 課題を「教育する」ではなく、機械が実現すべき状態で表現したか
- 最重要課題を選んだ技術的理由があるか
- 危険源の除去・低減を安全防護より先に検討したか
- 技術名だけでなく、何を検知・遮断・保持するかを書いたか
- 通常運転だけでなく、異常処置や保全まで考慮したか
- 解決策の実施後に生じる新たなリスクになっているか
まとめ
ヒューマンエラーを扱う問題では、作業者の注意不足を指摘するだけでは、機械部門の答案として十分ではありません。危険源から危害へ至るシナリオを整理し、人が間違えても事故へ進展しにくい機械を設計する必要があります。
- 具体的なエラーと危険シナリオを設定する
- 本質的安全設計、機能安全、人間工学などの観点から課題を抽出する
- 危険源への暴露を上流から減らす
- 安全機能を「何を検知し、どう安全にするか」まで具体化する
- 複雑化、無効化、過信などの新たなリスクを評価する
まずは解答例を見ずに、自分の業務で扱う機械を一つ選び、危険源から危害までの流れと3つの技術課題を書き出してみてください。
独学だけでは答案の方向性を判断しにくい場合は、補助的な選択肢として技術士試験対策講座の比較も参考にしてください。
