取引先から温室効果ガス排出量の提出を求められた。工場の省エネ案は多いが、どれから投資すべきか決められない。会社全体の排出量と製品のカーボンフットプリントの違いが分からない――。製造業のカーボンニュートラル対応は、こうした実務上の問いから始まります。
カーボンニュートラルとは、二酸化炭素だけでなく、メタン、一酸化二窒素、フロン類などを含む温室効果ガスの排出量と、人為的な吸収・除去量を均衡させることです。単に「排出しない」という意味ではありません。まず対象範囲を決めて排出量を把握し、可能な限り削減し、それでも残る排出を区別して扱います。
日本は2050年ネットゼロに加え、2035年度に2013年度比60%、2040年度に73%の温室効果ガス削減を目標としています。また、2026年度から本格稼働する排出量取引制度は、前年度までの3年度平均で直接CO2排出量が10万トン以上の事業者を対象とします。制度の直接対象でない企業にも、取引先から組織排出量や製品CFPの提示を求められる場面があります。
出典:環境省「カーボンニュートラルとは」、環境省「日本のNDC」、経済産業省「排出量取引制度」
この記事の結論
最初に導入するものは、大規模な計測システムとは限りません。先に「何の判断に使う排出量か」「どこまでを自社として数えるか」を決め、直近12か月の燃料・購入電力・生産量を集めます。次に、排出量の大きい工場・工程を絞り、必要な場所だけ追加計測します。削減策は、排出削減量だけでなく、安全、品質、生産能力、費用、実行時期、データの確かさをそろえて比較します。
まず何を測り、何から減らすか
初動は次の順序にすると、算定だけで止まりにくくなります。
- 算定の目的と、組織・期間・排出源の境界を決める
- 直近12か月のScope1・2と、生産量などの分母を集める
- 主要な原材料、物流、廃棄物、販売製品の使用などScope3を概算する
- 工場、エネルギー種、工程、製品群で排出量を分ける
- 排出量の上位項目だけ、設備別計測や一次データで詳しくする
- 運用改善、設備改善、電化、再エネ、材料・物流の案を同じ基準で比べる
- 実施前に基準値と測定方法を決め、実施後の効果を確認する
算定の精度をすべて同時に上げる必要はありません。初回は全体像をつかめる精度で算定し、意思決定に影響する上位排出源から詳しくします。一方、品質や安全に関わる条件を「排出量が小さいから」という理由で省略してはいけません。
算定前に決めるのは目的と境界
同じデータを使っても、目的と境界が違えば結果は変わります。表計算を始める前に、少なくとも次の項目を文書化します。
何を判断するための算定か
| 目的 | 主な算定対象 | 算定結果で決めること |
|---|---|---|
| 会社・事業の削減計画 | 組織のScope1・2・3 | 削減目標、設備投資、調達方針、取引先連携 |
| 工場の省エネ・設備更新 | 工場・工程・設備のエネルギーと排出量 | 運用改善、更新対象、投資順序、効果検証 |
| 顧客への製品情報 | 製品CFP | 材料・設計・製法の選択、顧客への情報提供 |
| 環境影響の比較 | LCA | 気候変動以外も含めた設計案・材料案の比較 |
組織のScope1・2・3を算定したいのに、特定製品だけを境界にすると会社全体を表せません。反対に、製品CFPを求められているのに会社の年間排出量だけを示しても、製品1単位の評価にはなりません。
境界は5項目で記録する
- 組織境界:親会社・子会社、国内外拠点、共同事業、賃貸・リース設備のどこを含めるか
- 操業境界:どの排出源をScope1・2・3のどこに分類するか
- 時間境界:対象年度、基準年、月次集計の締め方
- 対象ガス:CO2のほか、工程由来ガスや冷媒漏えいなど何を含めるか
- 除外事項:除外した活動、その理由、影響の見積り、将来の見直し条件
組織境界の設定方法は、採用する制度や報告基準に従います。データが取りにくい拠点を無言で外すのではなく、対象・除外・推計を明示します。買収、売却、事業移管、外注化などで組織構造が大きく変わった場合は、基準年をそのまま比較できるかも確認します。
環境省のガイドラインは、算定目的の設定、対象範囲の確認、Scope3活動の分類、各カテゴリの算定という順序を示しています。
出典:環境省「サプライチェーン排出量全般」、環境省「各種ガイドライン」
Scope1・2・3を工場の活動に置き換える
Scopeは、排出源と自社の関係を分ける区分です。製品の原材料調達、製造、使用、廃棄というライフサイクル段階とは別の考え方です。
代表例を示した当サイト独自の概念図です。中央枠は算定対象の組織であり、工場の敷地ではありません。採用する組織境界・算定基準を確認してください。青矢印は原料・製品・購入エネルギーの流れで、GHGの移動ではありません。Scope3の全15カテゴリ、製品1個のLCA、削減効果や認証を示すものではありません。
| 区分 | 製造業で該当しやすい排出源 | 最初に集める活動量 | 主な入手先 |
|---|---|---|---|
| Scope1:直接排出 | ボイラー・炉・非常用発電機・社有車の燃料、工程で発生するGHG、冷媒漏えい | 都市ガス、LPG、重油、灯油、軽油等の使用量、工程データ、冷媒の整備記録 | 燃料請求書、購買記録、設備台帳、運転日報、保全記録 |
| Scope2:購入エネルギーに伴う間接排出 | 購入した電気、熱、蒸気、冷却 | kWh、購入熱量・蒸気量、契約メニュー | 請求書、受電データ、30分値、契約書、証書管理記録 |
| Scope3上流 | 鋼材・樹脂・電子部品等の購入、設備投資、燃料・電力の上流、調達物流、廃棄物、出張・通勤 | 購入重量・数量・金額、輸送重量と距離、廃棄物量 | BOM、購買台帳、物流記録、マニフェスト、経費・人事データ |
| Scope3下流 | 出荷後の輸送・加工、販売製品の使用、保守、廃棄、リース資産など | 販売数量、製品の消費電力・燃料、寿命、使用時間、廃棄シナリオ | 設計仕様、試験結果、販売記録、取扱説明書、保守データ |
| 原単位の分母 | 生産活動そのもの | 良品数、生産重量、処理量、稼働時間、売上高など | MES、生産日報、品質記録、会計データ |
Scope3は15カテゴリあります。初回から全カテゴリを同じ精度で実測するのではなく、該当の有無を確認し、購入金額や物量などで概算します。その後、排出量が大きい、削減余地がある、顧客要求に関係するカテゴリを、材料重量やサプライヤーの一次データへ置き換えます。
冷媒、工程ガス、非常用設備は、月々のエネルギー請求書だけでは見落としやすい項目です。設備台帳、保全、環境、安全、購買の各記録を突き合わせます。
出典:環境省「Scope1、2排出量とは」、環境省「Scope3排出量とは」
排出量は「活動量×排出原単位」で算定する
代表的な算定式は次のとおりです。
GHG排出量 = 活動量 × 対応する排出原単位
- 購入電力:電力使用量(kWh)×電力の排出係数
- 燃料:燃料使用量(kL、Nm3、kgなど)×燃料ごとの排出係数
- 原材料:購入重量または購入金額×材料・品目ごとの排出原単位
- 輸送:輸送重量×輸送距離などの活動量×輸送手段ごとの排出原単位
- 廃棄物:処理量×処理方法ごとの排出原単位
直接計測した排出量や、取引先から提供された検証可能な一次データを使う方法もあります。そのため、すべての排出源を必ず同じ式で求めるわけではありません。
排出係数は数値だけを転記しない
排出係数は、年度、地域、電力契約、燃料種、材料、輸送手段、処理方法などで変わります。算定表には数値だけでなく、次を残します。
- 排出係数・原単位の正式名称
- 出典URLまたは資料名
- 版、更新日、対象年度
- 対象地域と適用条件
- 単位と換算式
- 一次データ、物量ベース、金額ベース、推計の区分
- データ提供部署・担当と取得日
- 欠測値の補完方法
記事に固定の係数を転載して使い続けると、対象年度や契約に合わなくなるおそれがあります。算定時点で、報告先が指定する方法と最新版の係数を確認します。
出典:環境省「排出原単位データベース」、環境省「算定方法・排出係数一覧」
総排出量と原単位を併記する
総排出量だけを見ると、生産減少による排出減を改善と誤認する場合があります。反対に、増産で総排出量が増えても、設備・工程の効率は改善している場合があります。
そのため、次の二つを併記します。
- 絶対量:工場や会社の年間排出量(t-CO2e)
- 原単位:良品1個、生産1t、処理量1m3、稼働1時間など当たりの排出量
原単位の分母は、製品ミックスや外注範囲が変わっても比較可能かを確認します。気温、稼働時間、生産量などの影響が大きい設備は、削減前後の条件も記録します。
Scope2はロケーション基準とマーケット基準を分ける
GHGプロトコルの2015年版Scope 2 Guidance(2026年9月確認時点で現行)は、購入した電気などの排出量について、ロケーション基準とマーケット基準を区別しています。同ガイダンスは改訂作業中のため、公開時に最新版を確認します。
| 方法 | 何を反映するか | 主に使うデータ | 実務上の見方 |
|---|---|---|---|
| ロケーション基準 | 電力を使用した地域の系統平均の排出特性 | 地域・系統の平均排出係数 | 使用量削減や地域電源の変化を含む見方 |
| マーケット基準 | 企業が選択した電力契約・メニュー・証書等の属性 | 品質基準を満たす契約手段、供給者別係数、残余ミックス等 | 電力調達の選択を反映する見方 |
両者は足し合わせる数値ではありません。適用可能な市場でGHGプロトコルに従う場合は、二つの結果を区別して報告します。マーケット基準も、契約や証書があれば無条件にゼロになるわけではなく、Scope 2 Quality Criteriaと算定ルールを満たす必要があります。
設備改善による省エネと、再エネメニュー等への契約変更は分けて管理します。前者はkWhそのものを減らす施策、後者は主に調達する電力の属性を変える施策です。使用電力量、ロケーション基準、マーケット基準を並べると、どの行動で数値が変わったか説明しやすくなります。
国内制度、顧客質問票、国際開示では指定される係数や報告方法が異なる場合があります。一つの算定結果を無条件に転用せず、報告目的ごとのルールを確認します。
出典:GHG Protocol「Scope 2 Guidance」
排出量の多い工程を見つける
全設備へセンサーを付ける前に、請求書、受電データ、燃料記録、生産実績から全体を分けます。
- 工場別に電気・燃料・購入熱を分ける
- 工場内を受電系統、炉、空調、コンプレッサ、ポンプ、加工、洗浄などに分ける
- 年間排出量の大きい順に並べ、上位項目を特定する
- 上位項目について、稼働時・待機時、製品別、シフト別など必要な粒度を決める
- その測定値によって削減案の採否が変わる場所だけ追加計測する
圧縮空気なら、コンプレッサの電力だけでなく、吐出圧力、負荷率、漏れ、末端圧力、生産停止時の運転を確認します。炉なら、燃料使用量だけでなく、昇温・保持・待機、排熱、バッチ充填率、品質条件を確認します。計測項目は「取れるから集める」のではなく、「どの判断を変えるか」で決めます。
Scope3も同様です。まず15カテゴリの該当性と概算値を確認し、購入した材料、販売製品の使用など上位カテゴリから一次データ化します。サプライヤーへ依頼するときは、対象製品、数量単位、対象期間、ライフサイクル境界、配分方法、係数の出典をそろえます。
サプライチェーンでデータを共有するときの考え方は、ウラノス・エコシステムとは?で解説しています。
削減策は「量・費用・成立条件」で優先順位を決める
排出量の大きい設備から自動的に更新するのではなく、各案を同じ評価項目で比較します。
| 評価項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 年間削減量 | 基準値に対して何t-CO2e削減できるか |
| 削減率・原単位 | 総量と生産量当たりの両方で改善するか |
| 費用 | 初期投資、運転費、保全費、エネルギー費、廃棄費 |
| 削減コスト | 年換算した追加費用÷年間削減量で比較できるか |
| 品質・安全 | 製品品質、法令、作業安全、設備保全に影響しないか |
| 生産 | 能力、サイクルタイム、歩留まり、停止時間、納期への影響 |
| 実行性 | 技術成熟度、工事期間、停止工事、要員、調達リードタイム |
| データ確度 | 実測、仕様値、業界平均、金額換算のどれを使ったか |
| 排出の移転 | Scope1から2、工場内から外注先、製造から使用・廃棄へ移していないか |
点数だけで機械的に順位を決めず、安全・品質・法令を満たすことを必須条件とします。その上で、費用を下げながら削減できる施策、短期間で検証できる施策、設備更新時期と重なる施策を先行させます。
削減策を検討する順序
1.不要な使用と損失をなくす
- 休止・待機時の運転、過剰な設定温度・圧力・流量を見直す
- 圧縮空気、蒸気、熱、冷媒などの漏れを減らす
- 不良、再加工、端材、過剰品質を減らす
- 生産計画と起動・停止条件を合わせる
大きな投資の前に、現在の設備を設計条件内で適正運用できているか確認します。
2.設備と工程の効率を上げる
- 高効率モータ、インバータ、ポンプ、コンプレッサ、炉、空調へ更新する
- 断熱、熱回収、排熱利用、負荷平準化を検討する
- 工程統合、サイクル短縮、歩留まり改善で材料とエネルギーを同時に減らす
設備単体のカタログ効率ではなく、実際の負荷率、年間稼働時間、部分負荷特性で評価します。
3.電化・燃料転換を評価する
燃焼設備の電化や低炭素燃料への転換では、電源の排出係数、設備効率、受電容量、ピーク電力、品質、安全、供給安定性を確認します。Scope1が減ってScope2が増えるため、両方を同じ境界で比較します。
4.再生可能エネルギーを調達する
オンサイト発電、PPA、再エネ電力メニュー、環境価値証書などは、費用、追加性、契約期間、証書の品質、電力使用との対応を確認します。省エネで使用量を減らす施策と、調達属性を変える施策は分けて記録します。
5.材料・設計・サプライヤーへ広げる
購入材料が大きなScope3排出源なら、材料使用量、歩留まり、再生材、部品点数、長寿命化、修理性、サプライヤーの製法を検討します。材料変更による強度、耐久性、加工性、品質保証、リサイクル性への影響も評価します。
6.物流・梱包・廃棄を見直す
積載率、輸送距離、輸送手段、緊急便、梱包重量、回収方法を確認します。輸送だけを最適化して在庫や納期のリスクを増やさないよう、サプライチェーン全体で比較します。
7.残る排出とオフセットを分けて扱う
環境省は、カーボン・オフセットを「知って、減らして、オフセット」の順で整理しています。クレジットは、自社で削減しないことの代わりではありません。Scope1・2・3の総排出量はオフセットと分けて開示し、対象範囲、クレジットの種類、量、無効化、二重使用防止を明示します。
出典:環境省「我が国におけるカーボン・オフセットのあり方について(指針)第4版」
実行前に効果の測り方を決める
施策の実施後に都合のよい期間や指標を選ぶと、削減効果を正しく評価できません。実施前に次を決めます。
- 基準期間と評価期間
- 対象設備・工程・工場の境界
- 使用する計器とデータ取得間隔
- 生産量、製品構成、稼働時間、気温など補正する条件
- 排出係数を固定して比較する指標と、最新係数で報告する指標
- 品質、安全、生産能力の合格条件
- データ欠測時の処理
- 判定日、責任者、レビュー方法
燃料から電気へ転換した場合、Scope1の減少だけを成果にせず、増えたScope2を含めます。工程を外注した場合も、工場内の排出減だけでなくScope3への移転を確認します。材料を軽量化した場合は、製造時だけでなく耐久性、使用、廃棄までの影響を必要に応じてCFPやLCAで評価します。
Scope3の二重計上は二つに分けて考える
自社のScope1・2に含めた排出を、同じ自社のScope3へ重ねて計上することは避けます。一方、同じ物流や材料製造の排出が、サプライチェーン上の複数企業のScope3に入ることは、Scope3の性質上起こり得ます。これは直ちに算定ミスを意味しません。
ただし、複数企業のScope3を単純に足して地域や業界全体の排出量とすることはできません。共同で実現した削減は、一社だけの成果と断定せず、対象範囲と各社の関与を透明に説明します。
出典:GHG Protocol「Corporate Value Chain(Scope 3)Standard」、環境省「サプライチェーン排出量Q&A」
組織排出量・製品CFP・LCAの違い
この三つは対象と用途が異なります。数値をそのまま足したり、境界の違う結果を比較したりしません。
| 項目 | 組織のScope1・2・3 | 製品CFP | LCA |
|---|---|---|---|
| 主な問い | 会社・事業の年間排出量はどこから出るか | 製品・サービスの気候変動影響はどこから出るか | 製品・サービスの環境影響はどこから出るか |
| 対象 | 組織境界内とバリューチェーン | 定めた機能単位、または中間製品等で用いる宣言単位の製品システム | 定めた機能単位の製品システム |
| 境界 | 組織、Scope、年度 | 原材料から廃棄まで、または明示した一部のライフサイクル | 目的に応じたライフサイクル境界 |
| 評価項目 | GHG排出量 | 気候変動への影響をCO2換算 | 気候変動に加え、資源、水、酸性化など複数の影響を扱い得る |
| 主な用途 | 目標設定、工場・調達の削減管理、開示 | 製品設計、顧客情報、製品間比較の基礎 | 環境負荷の移転を含む設計・政策判断 |
CFPは、LCAの考え方に基づき、評価対象を気候変動への影響に絞ったものです。必ずしも原材料調達から廃棄までをすべて含むとは限らず、中間製品などでは一部のライフサイクルを境界とする部分CFPもあります。その場合は、どこからどこまでを算定したかを明示します。
製品同士を比較するには、まず同等の機能を果たす機能単位を設定し、システム境界、配分方法、カットオフ、使用・廃棄シナリオ、データ品質、適用する製品別算定ルールをそろえます。中間製品などで宣言単位を使う場合は、用途や機能の違いを無視して優劣を比較しません。
工場の電力は組織のScope2に入り、各製品へ配分すれば製品CFPにも入ります。しかし、組織排出量と製品CFPは別の目的で集計した数値であり、両者を足して会社の排出量を求めるものではありません。
出典:経済産業省「ライフサイクルアセスメント/カーボンフットプリント」、ISO 14040:2006、ISO 14067:2018
最初の90日で基準値と上位施策を決める
90日で目指すのは、カーボンニュートラルの達成ではありません。比較できる基準値を作り、次に実行する施策を決めることです。
| 期間 | 実施すること | 成果物 |
|---|---|---|
| 1~30日 | 目的、報告先、組織境界、対象年度、基準年、責任者を決める。直近12か月の電気・燃料・購入熱、生産量、冷媒・工程ガス記録を集める | 算定方針書、データ所在表、Scope1・2の初期集計、係数台帳 |
| 31~60日 | 工場・エネルギー種・工程別に排出量の大きい順へ並べる。Scope3の15カテゴリをスクリーニングし、上位排出源へ追加計測または一次データ収集を行う | 排出源マップ、データ品質・欠測一覧、重点排出源、削減候補一覧 |
| 61~90日 | 低投資施策を一件試行する。設備投資案を一件以上見積もる。年間削減量、費用、品質・安全・生産影響を比較し、次期計画を決裁する | 試行結果、削減案比較表、測定・検証計画、責任者・期限付き実行計画 |
1~30日:数字を集める前に担当を決める
環境部門だけでは、工程条件や品質への影響を判断できません。生産技術、設備保全、設計、品質保証、調達、物流、経理、情報システムから、データの所有者と意思決定者を決めます。
31~60日:上位排出源にだけ詳しい測定を追加する
受電全体しか分からなければ、主幹フィーダや主要設備へ測定を追加します。ただし、追加測定で削減案の判断が変わらない場所は後回しにします。Scope3では、金額ベースの概算を、重要な材料や部品から重量・数量・サプライヤー一次データへ置き換えます。
61~90日:一つ試し、一つ投資判断へ進める
待機運転、設定値、漏れ、運転スケジュールなど、安全・品質を守って短期間で検証できる施策を試します。同時に、更新時期が近い主要設備について、現行案、高効率案、電化案などを同じ条件で見積もります。
試行は「実施した」で終わらせず、基準値、評価期間、測定方法、合格条件を先に決めます。90日目には、継続する施策、中止する施策、追加調査する施策を分けます。
よくある失敗
計測システムの導入を目的にする
大量のデータを集めても、削減案の採否に使えなければ管理負担が増えます。「この値が分かれば、どの判断が変わるか」を先に決めます。
排出係数の出典と年度を残さない
係数の更新だけで排出量が変わる場合があります。活動量の変化と係数の変化を分けて説明できる台帳を残します。
工場全体の年間値だけで施策を選ぶ
年間請求書は全体把握に有効ですが、工程や待機損失は見えません。上位排出源に絞って設備・運転状態別へ分解します。
排出削減量だけで投資を決める
品質、安全、生産能力、保全性を満たさない案は採用できません。費用と削減量に加え、成立条件と残るリスクを比較します。
再エネ調達と省エネを同じ成果として扱う
電力の使用量を減らしたのか、契約上の属性を変えたのかを分けます。kWh、ロケーション基準、マーケット基準を併記します。
排出を別のScopeや工程へ移しただけで削減とする
電化、外注化、材料変更では、別のScopeやライフサイクル段階が増える場合があります。同じ境界で変更前後を比較します。
算定精度が十分になるまで削減を待つ
全項目を高精度にするには時間がかかります。全体を概算し、明らかな運用損失は改善しながら、意思決定に重要なデータを優先して精緻化します。
製造業技術者のチェックリスト
- 算定の目的と報告先を一文で説明できる
- 組織境界、対象年度、基準年、対象ガスを文書化した
- 直近12か月の電気・燃料・購入熱と生産量を集めた
- 冷媒、工程ガス、非常用設備の記録を確認した
- Scope3の15カテゴリについて該当の有無を確認した
- 排出係数の出典、版、年度、地域、単位を残した
- 総排出量と生産量当たりの原単位を併記した
- 上位排出源を工場・工程・設備へ分解した
- 削減案を年間削減量、費用、品質、安全、生産能力で比較した
- 電化や外注化によるScope間の移転を確認した
- 実施前に基準値、評価期間、測定方法、合格条件を決めた
- Scope1・2・3とオフセットを分けて管理した
脱炭素対応は技術的な問題解決である
カーボンニュートラル対応は、排出量を集計するだけの仕事ではありません。対象範囲を定め、排出源を測り、安全・品質・コスト・納期を守りながら複数案を比較し、実行後の効果とリスクを評価する仕事です。
これは、技術士に求められる問題解決、マネジメント、評価、コミュニケーションの能力と重なります。詳しくは、技術士に求められるコンピテンシーも参照してください。
技術士ギルドでは、脱炭素技術を万能な解決策として扱わず、現状把握、課題設定、代替案比較、実行、評価という流れを、実務で使える技術判断の視点として発信しています。脱炭素対応でも、単なる知識の暗記ではなく、境界と制約を明確にし、複数案の効果とリスクを比較することが重要です。
よくある質問
Scope1・2とScope3はどちらから始めるべきですか?
原則として、まず自社でデータを入手しやすく、直接管理しやすいScope1・2の基準値を作ります。同時にScope3の15カテゴリを概算し、購入材料や販売製品の使用など重要なカテゴリを特定します。Scope3をすべて後回しにするのではなく、初期スクリーニングは並行して行います。
算定境界は工場単位と会社単位のどちらですか?
報告目的によります。会社の組織排出量を開示するなら、採用する基準に従って会社・グループの組織境界を決めます。削減策を選ぶ内部管理では、その全体値を工場・工程・設備へ分解します。工場単位の集計だけで会社全体を表したことにはなりません。
排出係数はどの年度の値を使いますか?
対象年度と報告先のルールに合う係数を使います。係数の出典、版、更新日、対象地域、単位を保存してください。過年度との比較では、活動量の変化と係数更新の影響を分けて説明できるようにします。
再エネ電力へ切り替えれば工場の排出量はゼロですか?
工場のすべての排出量がゼロになるわけではありません。条件を満たす調達はマーケット基準のScope2へ反映できますが、Scope1の燃料・工程排出、Scope3の材料・物流・製品使用などは残ります。電力使用量そのものも併記します。
生産量が増えて総排出量も増えたら、削減は失敗ですか?
総量が増えた事実と、工程効率が改善したかは分けて評価します。総排出量に加え、良品数や生産重量当たりの原単位を確認します。ただし、原単位が下がっただけで会社全体の削減目標を達成したとは限らないため、両方を示します。
AIやIoTを導入しないと算定できませんか?
初期算定は、請求書、購買記録、設備台帳、生産日報でも始められます。上位排出源が分かり、運転状態別の差が意思決定に必要になった段階で、センサーやデータ基盤を追加します。
オフセットはいつ検討しますか?
対象範囲の排出量を把握し、自社とバリューチェーンで可能な削減を進めた後に、なお残る排出を対象として検討します。クレジットはScope1・2・3の排出量と分け、品質、無効化、二重使用防止、対象範囲を明示します。
まとめ
製造業のカーボンニュートラル対応は、設備やシステムを購入する前の境界設定から始まります。
- まず目的、組織境界、対象期間、基準年を決める
- 直近12か月のScope1・2と生産量を集める
- Scope3は全カテゴリを概算し、重要項目から一次データ化する
- 排出量は活動量×排出原単位を基本とし、係数の版・年度・単位を残す
- Scope2はロケーション基準とマーケット基準を分ける
- 削減策は排出量だけでなく、費用、安全、品質、生産能力、実行性で比べる
- 組織排出量、製品CFP、LCA、オフセットを混同しない
- 実施前に基準値と測定方法を決め、絶対量と原単位で効果を確認する
最初の一歩として、電気、燃料、生産量の直近12か月分を一つの表へ集め、工場・月・エネルギー種別に並べてください。その表が、追加計測と最初の削減施策を選ぶ基準になります。
