技術士第二次試験では、個別の技術知識だけでなく、社会や産業の変化を踏まえて課題を整理し、専門技術による対応を示す力が問われます。その背景を調べる際に役立つ公的資料の一つが「ものづくり白書」です。
ただし、白書に書かれた政策用語や数字を、そのまま答案へ並べるだけでは十分ではありません。白書は「模範解答」ではなく、答案を考えるための材料です。資料から読み取った社会課題を、自分の部門で扱う技術課題・解決策・評価方法・残存リスクへ翻訳して初めて、答案に生かせます。
この記事で分かること
- 2026年版ものづくり白書で優先して押さえたい3つのテーマ
- 機械、電気電子、情報工学、建設など、技術部門ごとの使い方
- 白書の記述を答案の課題と解決策へ変換する手順
- 試験勉強として白書を効率よく読む方法
※本記事は、2026年9月9日時点で公開されている公的資料を基に、技術士試験の学習への活用方法を筆者が整理したものです。特定テーマの出題を予測・保証するものではありません。
2026年版ものづくり白書とは
正式名称は「令和7年度ものづくり基盤技術の振興施策」です。ものづくり基盤技術振興基本法に基づく年次報告書で、経済産業省・厚生労働省・文部科学省の3省が共同で作成し、2026年5月29日に閣議決定されました。
白書には、政府が講じた施策だけでなく、日本の製造業を取り巻く状況、雇用や人材育成の動向、企業の取組事例、今後の競争力強化に必要な視点が整理されています。試験問題について書かれた資料ではありませんが、課題の背景を公的資料から確認できるため、必須科目Ⅰや選択科目Ⅲの論点整理に使いやすい資料です。
2026年版から技術士試験へつなげやすいテーマは、次の3つです。
- AI・デジタル技術の活用
- 人材確保・育成・技能継承
- 経済安全保障を踏まえた持続的成長
経済産業省は、各国の保護主義的な政策強化や国際経済秩序の揺らぎ、AIなどデジタル技術の急速な発展を、製造業を取り巻く大きな変化として挙げています。そのうえで、経済安全保障への対応とAI・デジタル技術の活用を、中長期的な成長投資へ結び付ける必要性を示しています。
人材面では、製造業の就業者数が2023年の1,055万人から2025年の1,033万人へ減少しました。また、中小企業の製造業における従業員数過不足DIは、2026年第1四半期にマイナス19.6となっています。DIがマイナスであることは「不足」と回答した企業が多いことを示しており、人材確保と技能継承が一時的ではない課題であることが分かります。
ものづくり白書を技術士試験に使う意味
必須科目Ⅰや選択科目Ⅲでは、問題文の条件を踏まえて複数の課題を抽出し、最重要課題を選び、専門的な解決策を示します。さらに、解決策によって期待できる効果と、新たに生じ得るリスクまで考える必要があります。
ものづくり白書から得られるのは、この流れの出発点となる現状、変化の方向、課題の背景、企業や政府の取組です。公的資料を根拠にすることで、単なる思い付きではなく、社会の動向を踏まえて課題を設定しやすくなります。
一方で、白書は幅広い読者を対象としているため、記述の多くは政策や経営の視点です。技術士の答案では、そこから「技術者が何を設計し、何を評価し、どのように実行するのか」まで具体化しなければなりません。
白書は「答え」ではなく「論点の材料」です。
「DXを推進する」「人材を育成する」と書いて終わらず、対象、制約条件、実行手順、評価指標、残存リスクまで自分の専門分野へ落とし込みます。
テーマ1|AI・デジタル技術は「導入」より「全体最適」
AI・デジタル技術について答案を書くとき、最も避けたいのは「AIを導入する」「DXを推進する」だけで解決策を終えることです。2026年版ものづくり白書の概要でも、まず自社の現状と経営課題を把握し、その課題を解決する手段としてAI・デジタル技術を使うという順序が示されています。
製造現場には、設計、調達、生産、検査、保全、物流などのデータがあります。しかし、工程や設備ごとに記録方法、粒度、時刻、識別子が異なれば、データを横断して分析できません。個別設備の効率が上がっても、仕掛かりの増加や後工程の停滞を招けば、工程全体の改善にはなりません。
答案では、次の順番で具体化すると、単なる技術紹介から一歩進められます。
- 目的:安全、品質、納期、保全性など、改善したい指標を明確にする
- データ:必要なデータの取得条件、形式、時刻、識別方法を標準化する
- 実行:効果を確認しやすい工程で試行し、精度と運用負荷を評価して段階的に展開する
- 評価:局所的な改善だけでなく、前後工程やライフサイクル全体への影響を確認する
- リスク:誤学習、説明可能性の不足、サイバー攻撃、現場の過度な依存に備える
AIロボットやフィジカルAIも注目される分野です。ただし、新技術の名称を挙げるだけでは専門的な解決策になりません。学習データの品質、人と機械の役割分担、異常検知、フェイルセーフ、停止後の復旧手順まで示すと、技術者としての判断が伝わります。
テーマ2|技能継承は「記録」ではなく「再現性の確保」と考える
製造業の就業者数が減少し、中小企業で人手不足感が続くなか、人材育成と技能継承は多くの技術部門に共通する課題です。厚生労働省は、事業所規模が小さいほどOFF-JTの実施率が低いことも示しています。時間や人員に余裕のない職場ほど、計画的な教育が難しい状況が読み取れます。
技能継承の対策として、熟練者の作業を撮影したり、紙の手順書を電子化したりする方法があります。これらは必要な取組ですが、記録を残しただけでは十分ではありません。通常作業の手順は分かっても、異常の兆候をどこで見分けたのか、複数の選択肢からなぜその条件を選んだのか、結果をどの基準で評価したのかが残らないためです。
したがって、技術課題は「技能を動画化すること」ではなく、作業条件、設備状態、熟練者の判断、品質結果を関連付け、他の技術者が再現できる形で構造化し、その妥当性を継続的に検証することと捉えます。

答案への変換例
白書から読み取れる社会課題:技能者の高齢化と人手不足が続き、従来のOJTだけでは技能継承に必要な時間と指導者を確保しにくい。
専門的な原因:作業条件、設備の状態、異常時の判断、品質結果が別々に管理され、熟練者の判断根拠が暗黙知のまま残っている。
技術課題:作業・設備・品質データを共通の識別子で関連付け、判断根拠を再利用できる形で構造化し、別の作業者でも同等の結果を得られるか検証する。
解決策:まず記録項目とデータ形式を標準化する。次に、作業動画、設備条件、センサーデータ、品質結果をひも付ける。熟練者のレビューを受けながら試行工程で再現性を確認し、効果が確認できた範囲から段階的に展開する。
効果と残存リスク:教育期間の短縮、作業品質の安定、異常対応の迅速化が期待できる。一方、誤った判断の固定化や情報の陳腐化が新たなリスクになるため、承認者、更新周期、版管理、監査記録を定める。
このように整理すれば、人手不足という一般的な社会課題から、データの構造化、妥当性確認、運用管理を含む技術的な答案へつなげられます。
テーマ3|経済安全保障を設計・評価の問題へ落とし込む
経済安全保障は、経営層や調達部門だけの問題ではありません。材料や部品の供給が止まれば、設計変更、代替品の評価、生産条件の変更、品質保証、保守計画の見直しが必要になります。技術者にとっては、供給途絶に備えて製品や設備の継続性をどのように確保するかという、設計・検証・運用の問題です。
2026年版ものづくり白書の概要では、経済安全保障に取り組む製造事業者が増えている一方、リスク分析を具体的な対応策の検討まで結び付けている事業者は少ないと整理されています。この点は、答案でも「リスクを把握する」「供給先を複数化する」と書くだけでは不十分であることを示唆します。
代替部品や代替材料は、カタログ上の仕様が近くても、耐久性、加工性、周辺部品との適合性、法規制、保守性まで同じとは限りません。実行可能な解決策にするには、次のプロセスまで示します。
- 重要部品・材料・設備を洗い出し、供給停止時の影響度と許容停止時間を評価する
- 単一供給、長納期、代替困難性、地政学リスクから優先順位を付ける
- 代替候補の性能、品質、耐久性、法規適合性を事前に評価し、切替条件を定める
- 設計の共通化・モジュール化、適正在庫、代替生産、保守部品の確保を組み合わせる
- 訓練や試行切替によって所要時間と問題点を確認し、サプライチェーンの変化に合わせて更新する
さらに、代替先へ図面や製造条件を共有すると、技術流出や情報管理のリスクが高まります。必要最小限の情報共有、アクセス権限、契約上の取扱い、ログ管理まで触れると、解決策に伴う新たなリスクも考慮した答案になります。
この考え方を機械部門の選択科目Ⅲへ落とし込んだ例は、実際に問題を解いてみる|機械部門(機械設計)選択Ⅲで詳しく解説しています。
3つのテーマを技術部門ごとに考える
白書のテーマは部門をまたいでいますが、答案で重視すべき判断は部門によって異なります。例えばAI活用を扱う場合でも、機械部門では設備の安全性や信頼性、情報工学部門ではデータ品質やセキュリティ、経営工学部門では工程全体の最適化や投資効果が中心になります。

| 部門 | 使いやすい論点 | 答案で示したい技術的判断 |
|---|---|---|
| 機械 | 自動化、フィジカルAI、代替部品、保全 | 安全性、信頼性、共通化、検証条件 |
| 電気電子 | センサー、制御、電力、サイバー対策 | 計測精度、通信信頼性、冗長化、省電力 |
| 情報工学 | データ連携、AI活用、セキュリティ | データ品質、説明可能性、権限、監査 |
| 経営工学 | 工程全体の最適化、人材配置、投資評価 | KPI、制約条件、段階導入、費用対効果 |
| 金属・化学 | 代替材料、プロセスデータ、循環利用 | 物性、品質保証、量産性、ライフサイクル |
| 建設・上下水道 | 省人化、遠隔点検、BCP、早期復旧 | 現場条件、安全性、優先順位、復旧時間 |
| 環境・衛生工学 | 省エネルギー、資源循環、環境負荷低減 | 評価範囲、削減効果、二次影響、継続性 |
上の対応は、白書の記述を学習用に整理した一例であり、公式な部門分類ではありません。表の言葉を暗記するのではなく、過去問を1問選び、「この部門の技術者は何を決めるのか」「決めるために何を測定・評価するのか」を考えるために使ってください。
白書の記述を答案へ変換する5段階
白書を読んだ後は、気になった記述を次の5段階で整理します。長い要約を作る必要はありません。1つの事実から短い答案骨子を作る方が、試験勉強としては効果的です。
- 事実を選ぶ:数字、傾向、制度変更などを、出典とともに1〜2文で記録する
- 問題を定義する:放置した場合に、安全、品質、コスト、納期、環境へどのような影響が生じるかを考える
- 原因を分解する:設備、材料、人、情報、方法、組織などの観点から原因を整理する
- 技術課題へ変換する:専門技術によって改善すべき状態を「〜すること」の形で定義する
- 解決策と評価を組み立てる:実行手順、関係者との調整、評価指標、残存リスク、追加対策まで考える
答案へ変換できたかを確認する質問
何を対象に、どのデータを使い、何を基準に判断し、どの順番で実行し、どの指標で効果を確認するのか。この5点に答えられなければ、解決策がまだ一般論の段階にある可能性があります。
試験勉強として効率よく読む方法
ものづくり白書は分量が多いため、最初から最後まで順番に読むと、重要な論点が埋もれやすくなります。次の順番で、過去問と行き来しながら読む方法がおすすめです。
- 概要版を読む:見出しと結論を確認し、今年度の重点テーマをつかむ
- 過去問を1問選ぶ:先に問題文を読み、必要になりそうな背景知識を明確にする
- 関係する節だけ本文を読む:使えそうな数字、図表、企業事例を2〜3件選ぶ
- 出典付きのメモを作る:資料名、年度、ページ、要点、自分の部門での使い方を記録する
- 答案骨子へ変換する:課題、原因、解決策、効果、リスクを短く整理する
- 不足した部分だけ読み直す:答案を書いて説明できなかった技術事項を追加で調べる
数字を数多く暗記する必要はありません。答案の背景を支える代表的な数字や傾向を少数選び、「その変化によって技術者に何が求められるのか」を説明できる状態を目指します。また、白書は毎年更新されるため、メモには必ず資料名と年度を残してください。
問題文から必要な情報を読み取る方法は過去問を分析するで、答案に使う用語の整理方法はキーワード学習の記事で解説しています。
論文全体の組み立て方を確認したい場合は、技術士論文の重要ポイント、必須科目Ⅰの論文作成、選択科目の論文作成もあわせて活用してください。
まとめ|白書を「自分の専門分野の答案」へ変える
2026年版ものづくり白書から技術士試験へつなげやすいのは、AI・デジタル技術、人材・技能継承、経済安全保障の3テーマです。いずれも複数の部門に関係しますが、答案では政策用語の説明に終始せず、自分の専門分野で扱う対象、制約条件、判断基準、実行手順へ落とし込む必要があります。
まずは過去問を1問選び、白書から関係する事実を1つだけ拾ってください。その事実を「問題→原因→技術課題→解決策→効果と残存リスク」の順に変換してみると、白書が暗記資料ではなく、答案を考えるための実用的な材料になります。
